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2006年02月25日

奇跡のストレートフラッシュ

maoさん(仮名)から、奇跡とも思われる報告をいただきましたので、以下に紹介させていただきます。

以下引用文

そんな訳で、ポーカーの方も、モヤモヤした気持ちで最適戦略でなくルーズに打っており、マイナスも100、1000、2000、3000、4000とわずか一ヶ月で広がり、10/20などのレートでルーズプレーは当たり前のような状態になっていました。

ある日の事、クリプトロジックのポーカールームで、いつものように10/20をルーズに打っているとA,Aが入ってきました。僕はBBで、一人がリンプインしていたのでレイズしました。相手はコールでフロップは 『A・K・J』 自分がベットすると相手はレイズで、自分がリレイズ!相手はコールでターンは 『』 自分ベットに、相手がレイズ。 

“ うっ!ストレート完成したのか!? ” と思いつつコールでリバーに 『』 はい!AAAKKのフルハウス完成で僕の勝ち!でベット!!すると相手がレイズ。 きたー!リレイズ! で相手がリレイズ。 きたー! そして僕がリレイズ! と何回繰り返したでしょうか・・・・そうなんです。僕は相手がプレフロップでレイズしなかったのでk,kはないと決め付けていたんです・・・・

様子がおかしいと思った時にはもう相当な額をレイズ合戦した後でした。

このゲームで僕は引退を決意しました。

そして気がつくと残りの数千ドルを持って『Absolute Poker』の 75/150 の10人テーブルについていました。テーブルに着いた途端、この数ヶ月間でためた残高や frugal gamblerさんに教わったポーカーの事など思い出して切ない思いがしました。レイズがかさめば、一回で千ドル以上らくらく持っていかれるレートです。一発勝負だと思うと少し震えました。

自分のBBが回ってきて配られたハンドが 6h7h でした。アーリーから1人リンプイン。ミドルから2人がコール。ボタンがレイズ!してきました。当然ホールドなのですが “ ここまで来ると戦略は関係なく運しだいなのでは!? ” と思い自分もコール。

フロップは 『 5h Ad Ks 』 絶望フロップ。 “ 降りてくれ!” と何を考えたのかブラフベット!(大アホ) アーリーがコール。 ミドルの一人がコール。 ミドルのもう一人がレイズ! で ボタンが リレイズ!!

“どうにでもなれ!”とコール。 アーリーがコール。 ミドルの一人がホールド。 ミドルのもう一人がリレイズ! もうぐちゃぐちゃです! この時点のミドルのハンドは 5s5c です。ボタンのハンドが AhKh です。

このゲームはミドルとボタンとどちらが勝ったと思いますか?

答えは・・・・・










僕が勝ったのです。

ターンで 『9h』 そしてなんとリバーで 『8h

何回レイズ合戦したか分からないくらレイズしました。ポットは5000〜6000くらいあったと思います。“奇跡が起きた!”と思いました。“ポーカーをまだやめるな!”という事だと思いました。もう一度、気持ちを入れ替えてポーカーを継続していこうと思います。また1/2のみでがんばります。

以上です。
posted by frugal gambler at 08:53| Comment(2) | TrackBack(0) | ポーカー・ア・ラ・カルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

ソウルにて

私は今から15年ほど前に、商品先物取引(綿糸・金・粗糖・小豆など)に何の戦略もなく、豆屋(業界用語で俗に「商品先物取引業者」の意)の薦めるままに手を出し、数百万円の損害を出したことがあります。何せ一時は、本業の営業をさぼって岡地の店頭に赴いて、その場で売り買いをしていたくらいですからお笑い種です。

その商品先物取引関係の本の中に、何故か、ワン・ツー・スリー・ウェイという方法でカジノのルーレットで勝った人の話が載っていました。今なら、これは悪名高きマーチンゲール方式の変形であることを即座に認識できるのですが、当時はそんなことは露ほども知らず、とても興味を持った私は、早速、当時靖国通り沿いにあったパンドラ・ルーレット教室という合法=アミューズメントの施設に出入りして、他の方々が普通にルーレットを楽しんでいる傍らで、来る日も来る日もワン・ツー・スリー・ウェイの戦略に従って赤や黒に駆け続けて実験していました。

必ずしも納得のいく結論が出たわけでもなかったのですが、一通りのシミュレーションを終えた私は、「いざカジノへ」とばかりに近場のソウルはウォーカーヒルに乗り込み、ワン・ツー・スリー・ウェイという方式の賭け方で、ルーレットの赤に賭け続け、運も良かったのか、数日で30万円ほどの儲けを得ることができました。(2回目のウォーカーヒル旅行では、上手く行かず、25万円くらい損をしています。ちなみに、3回目と4回目は、私の学生時代の友人と行き、モーテルなどの安宿を泊まり歩いたりして楽しみました。街の飲食店でビビンバなどを注文したときは、言葉が全く通じなくて閉口したことが印象に残っています。)

さて、1回目の30万円儲けた旅行では、最初から何かにつけツキがありました。この初めての韓国旅行、現地ガイドが付くとのことでしたが、何と私一人に対し一人の女性ガイドさんが付いたのでした。それもなかなかの美人の方でした。私は、ホテルまでの送迎と初日のお決まりの市内観光程度だと思っていたのですが、何故かこのガイドさん、「最後までお守りするのが私の当然の仕事です」とか言って、旅行期間中、私が外出するたびに付き添ってくれたのでした。もちろん、日本語はほぼペラペラです。

初日、仲良くお決まりの市内観光をした後、私は、「もうこれで貴女の今日の仕事は終わったということで、ここから先は遊びね」とか言って、食事に誘いました。言葉が通じない韓国料理の店では、彼女が代わりに注文してくれるので大助かりです。少しビールなど飲みましたが、彼女は全く飲めないらしく、一口飲んだだけで目が潤んできてフワーッとした何とも色っぽい感じになりました。この状況は、今になって思えば、かなりのチャンスのように思われますが、いかんせん私のこの旅行の目的は、一日目からカジノに入り浸って理論が成立するかどうかを実証することにありましたし、また、これまで据え膳を何度もアホみたいに逃してきた私の習性のせいか、それ以上アタックせずに、明洞あたりを二人で散歩した後、普通にウォーカーヒルホテルまで送ってもらって、ホテル地下にあるカジノへ直行してしまったのでした。

朴秀情1.jpg 朴秀情2.jpg   ←クリックすれば拡大されます

何日目かに、旅行メニューに入っていたのかどうかよく覚えてないのですが、いわゆるキーセンの居る場所に行くときも付き添ってくれました。私は、よくわからなかったのですが、何となく、この後、女を当てがわれるのだろうな、という予感はしていました。しかし、けっこう気に入っているガイドさんに連れられてキーセンハウスに行くというのも複雑な気持ちです。タクシーの中で、そのあたりのことを彼女に言ったら、「男の人がそういうことをするのは素敵だと思います」という意外な答えが返ってきました。まあ、そうこうしているうちに、キーセンハウスに到着しました。

まず、居心地の悪いようなヤケに広い座敷に通され、そこのママさんとチーママみたいな人に接待されながら、ビールだの酒だのを飲み、その後、種類豊富で食べきれないほどの韓定食が並びました。食事が一段落すると、チマチョゴリを着た6〜7人の女の子が入ってきて、ママさんは、その中から一人を選べと言うのです。私は、そもそも慣れない場所でやや緊張している上、チマチョゴリがあまり好きではなく、これという女の子も居ないので決めかねていると、今居る6〜7人を引っ込め、また別の6〜7人が入ってきました。ところが、またしても好みの女の子は居なくて困っていると、ママさんは、いったん女の子を全て引き上げさせたので、私は、「ママさんのほうがいいよー」なんてしょうもない本音を言ったりしましたが、ママさんは取り合わず、「悪いことは言わないから、次に入ってくる右から2番目の子にしなさいな」と耳打ちしました。次に入ってきたのは、そもそも一巡目の女の子たちだったので、やはり私は気が進まなかったのですが、ママさんの言うとおり、仕方なく右から2番目の子を指差して、めでたく今日の夜のお相手が決まりました。その後は、その決まった女の子を含め、飲んだり食ったりしました。ちょっと気になったので、「私を連れてきてくれたガイドさんはどうしたの?」とママさんに訊くと、「女の子が決まった時点で帰った」とのこと。少し寂しく思った私でした。

ちなみに、この美人ママさんとは、2回目の旅行のときに一夜を共にすることになったので、前後しますが、少しだけ触れておきます。2回目の旅行では、先ほど申しましたようにカジノで25万円くらい損をしたので、最後は適当に時間を潰そうと思い、前回のキーセンハウスに電話したら、ママさんがウォーカーヒルホテルまで迎えに来てくれました。車で店に向かうタクシーの中で、「私もたまには遊びたいから、私でよかったら」という願ってもない話。彼女は、「私は、これから店の女の子たちに給料を払わなきゃならないから、貴方は私の友達ということで、その間食事をしててもらって、頃を見計らって私の腹心の部下を貴方に付けるから、3人で店を出ましょう。」と手はずを整えました。なるほど、店の女の子たちの手前、信頼できる部下を当て馬にするというわけです。

そして、事は手はずどおり進み、店を出た後は、ママさんが他の人と共同経営しているというヤケにどどっ広いカラオケに行き、客の居ないガラガラの店で大して楽しくもないカラオケを一通り歌って、その後帰り際に、ママさんから「彼女に5千円くらい渡してやって」と耳打ちされ、その当て馬の彼女にチップを渡して別れ、ママさんと私は、ふたり手を繋いでタクシーで私の宿であるウォーカーヒルホテルへと向かったのでした。その後のことは、あまりにも野暮な話に属しますので、割愛させていただきます。

さて、話を戻して、1回目の旅行の私に当てがわれた女の子は、チマチョゴリを脱いで普通の服に着替えると、スタイルも良く、けっこう可愛く見えました。彼女とはホテルに戻る前に、彼女行きつけの店に連れて行かれ、面白くもない親子の曲芸みたいなのを見せられ、「可愛そうだからチップをあげて」と彼女が言うので、百円程度を出そうとすると、彼女は、「ダメ、こっち」と千円程度を指示するので、仕方なくそれを渡しました。私は、「あの親子、みんなからのチップで、あんなに稼げれば、全然可愛そうでもなんでもなく、ウハウハだろうな。あとで幾らかは、その店から私のお相手の女の子にバックされるんだろうな」と思いながらも、「郷に入れば郷に従え」で彼女の為すがままに従いました。今夜は、どうせ私の為すがままになるのですから。ウッシッシ。

この1回目の旅行の最後のほうで、私はカジノで30万円浮いている余裕もあって、ガイドさんの旅行会社経由で購入するウォーカーヒルホテルのショーのチケットをガイドさんの分も買ってあげて、一緒に観ることにしました。食事付きのショーなので、一人で観るのも寂しいものがあると思ったのと、本当に信じられないくらい尽くしてくれるガイドさんへのお礼のためでもありました。ショーが終わったあとのロビーで、私は「ちょっと部屋まで遊びに来ない?」と軽く誘ったのですが、彼女は首を横に振りました。彼女は、私と接するときは常に制服を着ていましたので、勤務中は客の部屋に入ってはいけないという決まりに自然に従ったのかもしれません。今になれば、彼女が完全にプライベートのときに会う約束をすれば、もしかしたら、さらなる進展があったのではと思ったりします。

彼女とは次の旅行でまた指名すればいいや、と軽く考えていたのが失敗でした。次の旅行では、ウソかホントか、旅行会社いわく、彼女はもう辞めたので、別のガイドを付けると。次のガイドさんもかなり親切にしてくれましたが、最初のガイドさんの時のような気持ちには全くなれませんでした。3回目、4回目の旅行でも、他のガイドさんに彼女のことを尋ねましたが、ガイドの数が多いのでわからないとのことでした。そのようにして、彼女との交流が絶たれて、はや十年以上が過ぎてしまいました。朴秀情(パク・スチョン)さん、私は、今でも貴女に会いたい。恋してます。

他人の色恋沙汰に関心のある殊勝なお方は、下記リンク先の過去の記事へもどうぞ。

http://crazypoker.seesaa.net/article/3571682.html
http://crazypoker2.seesaa.net/article/11953849.html
http://crazypoker2.seesaa.net/article/11953876.html
http://crazypoker2.seesaa.net/article/11953903.html




posted by frugal gambler at 03:58| Comment(5) | TrackBack(0) | My Gamble History | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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